FACULTY OF FOREIGN LANGUAGES
外国語学部NEWS

Don Ramón me dijo, “Aprenderás el verdadero español”.(ドン・ラモンと本物のスペイン語)

2023.02.22(水)
留学体験談 教員編  
廣澤明彦教授(スペイン語)
サラマンカ大学(スペイン)
1991年8月~1992年6月(10ヶ月)
ドン・ラモンと本物のスペイン語1
スペインにはピロポ(piropo)という習慣がある。「街頭で男性が女性に投げかけるほめ言葉、誘い文句。まれに冷やかし」(白水社『現代スペイン語辞典』)。ところがこれをなかなか見かけることができない。勝手にこれは過去の習慣なのだと思っていたところ、1991年の真夏の太陽がぎらぎら照りつけるある真っ昼間のこと、サラマンカの中心にあるプラサマヨールという大広場に通じる石畳の小道で、ピロポらしい言葉を投げかける長髪の老人を見かけた。その老人は「ラモン」という名であると、行きつけのカフェテリア「パサッヘ」のウェイターのカルロスさんが教えてくれたので、敬意を込めて「ドン・ラモン」と呼ぶことにした。僕は、ドン・ラモンのピロポ(らしいもの)を録音したくなり、それからカバンに録音機(カセットテープ式)をしのばせることにした。が、それ以降彼にはめったにお目にかかれず、見かけてもただ歩いているだけで、なかなかチャンスがない。
そんなある日、確か日曜日の午前中だったと思うが、プラサマヨールでドン・ラモンを見かけた。しびれを切らしていた僕はそのまま彼に近づき、つたないスペイン語で「あなたのピロポを録音させてください」と頼んでみた。いきなり話しかけてきた外国人の僕にも戸惑うこともなく、彼は僕をじろっと睨むと言った、「ついてこい」。
その日のドン・ラモンはちょっと元気がなかったが、それは曇り空のせいかもしれないなどと思いながら、ちょっと距離をおいて彼のあとについて歩いた。ドン・ラモンはプラサマヨールを囲む回廊をゆっくりと歩く。他にも大勢の人たちが同じように歩いていたが、その日の彼は女性とすれ違っても何も言わない。今日は調子が悪いのかななどと思いつつ僕が録音を続けていると、彼がある家族を呼び止めて質問した。雰囲気から察するに知り合いではなさそうだ。「Statu quo とStatus quoでは、どっちが正しいのかね?」あれれ?これってラテン語?ピロポじゃないの?

まあ昼間っからピロポもないものだが、そのあと回廊を何周も歩き、家族連れに話しかけ、何かを尋ね、立ち話をし……、僕は録音を続けた。しばらくしてからそれに飽きたドン・ラモンは突然きびすを返し、後を歩いていた僕の方に向ってきた。機嫌が悪そうだな、難しい顔をしている、怒っているのかな?「詩というものはだな……」、「はい」と答える僕。「詩というものはだな、自然に出てくるものだ。今日は駄目だ」。「はい」としか答えられない僕。らちがあかない。「お前、俺と話がしたいのなら、本物のスペイン語(el verdadero español)を学ぶことだな」。皺だらけの手で僕の頬を軽くたたき、ドン・ラモンは人混みに消えた。留学中の僕にはその言葉は大きな励みになった。それにしても彼は、ただのなぞなぞおじさんだっだのだろうか?
ドン・ラモンと本物のスペイン語2