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留学体験談「留学体験 今昔」

昔の留学③ This is our Japanese adopted daughter(日本から来た私たちの養女)

長谷川文子(英米語学科准教授)
留学先:アメリカ・ウエストバージニア大学大学院
留学期間:1992年8月~1993年12月(1年7ヶ月)
     1997年8月~1998年6月(1年6ヶ月)

長谷川近影

近影
拓大英米語学科卒業後、神奈川県の私立高校で1年間英語の非常勤講師をした後渡米した。留学当初の2ヶ月はアパートで一人暮らしをしていたが、アメリカ人のヨーク夫妻と知り合い、「家においで」と言われるままにアパートを引き払い、結局留学中ずっとお世話になった。夫妻はどこに行っても「This is our Japanese adopted daughter,Ayako.(日本から来た私たちの養女の文子です)」と言って私を紹介してくれた。

お父さんのカールはモーガンタウンという私が留学した大学がある町で一番大きい銀行の支店長を定年退職したばかりで、当時ビル・クリントンが大統領に選出された選挙で地元のモナンガヒラ郡の選挙に出馬していた。週末はよく選挙活動で一緒にパレードに参加したり、パーティーについて行ったりしたものだ。結局選挙では当選を果たせず残念な結果だったが、私にとっては大変貴重な経験となった。お母さんのリンダは私の誕生日に手作りのバーステーケーキを焼いてくれる優しい人で、私を実の娘のようにかわいがってくれた。また、週末には遊びにきた夫妻の孫たちの遊び相手もよくさせられた。
実は私は同じウエストバージニア大学の大学院に二度留学している。一度目は英語教授法を専攻し、二度目は言語学を勉強した。二度ともヨーク夫妻のお宅に住まわせてもらったが、生活費は一切受け取ってもらえず、学費に関しても大学から授業料免除を受けたりして、日本で貯めて持って行った留学費用の大半が余ってしまうというとても幸運な留学になった。

大学院の勉強だが、初めの学期は授業についていけず、毎日泣きながら勉強した。アメリカで初めてのアパート暮らしや友達のいない寂しさも募り、「日本に帰りたい」と常に思っていた。それでもヨーク夫妻と暮らすようになり、必死に勉強し、一緒に授業を受けているアメリカ人はもちろん、中国、タイ、台湾、韓国、ロシア、スペイン、フランス等から来ている留学生と週末に勉強会を開いて予習、復習、試験対策をしていくうちに、自然と友達も増え、授業にもついていけるようになった。

私の留学生活は「人」に恵まれたとても幸せな時間だった。確かにその土地に住んでみてこそ分かる人種差別的なネガティブな経験もあったが、それを遙かに上回る素敵な出会いと素晴らしい経験の数々が私の留学を彩っている。

留学したことで世界中の人々とのコミュニケーションを可能にさせる英語がさらに好きになった。

ヨーク夫妻と

ヨーク夫妻と

ヨーク夫妻の孫たちと

ヨーク夫妻の孫たちと

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