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留学体験談「留学体験 今昔」

昔の留学① 祖国万岁(祖国万歳)

関口美幸(中国語学科教授)
留学先:中国・北京・北京冶金機電学院(現北方工業大学)
留学期間:1984年8月~1985年3月(8ヶ月)

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私が初めて北京に留学したのは、1984年8月のことだ。北京冶金機電学院、現在の北方工業大学。当時は市街地図にすら載っていない辺鄙な場所にある学校だった。

その年、1984年は中国建国35周年だった。中国政府は、軍事パレードを初めとして様々なイベントを10月1日の国慶節のために用意していた。その一つが、北京在住の大学生が国慶節の晩に天安門広場でフォークダンスを踊るというイベントだ。その日のために、北京の各大学から選ばれた学生は3ヶ月前から練習しているという。私たち拓大留学生たちもそのイベントに出られることになった。
フォークダンスの練習は学生会が仕切っていた。学生会のリーダーは女性で、私たちと年齢はそう変わらないはずなのにすごく大人びていて、後から飛び入りで参加した私たち留学生に、それこそ手取足取りフォークダンスを教えてくれた。後で知ったことだが、私たち6名を参加させるために、3ヶ月練習してきた仲間を6人削ったそうだ。フォークダンスは全て中国の民歌だった。私たちは半透明の赤いスカーフを片手に「阿里山的姑娘(阿里山の娘たち)」などの民歌十数曲のダンスを覚えた。

十月一日の国慶節当日、3時頃に天安門広場に着くと、すでにフォークダンス用の円陣がいくつもできていた。そこで6時まで待機と言われた。連日の練習と朝早くからのバスでの往復、夏のように照りつける日差し、私は体育座りをしたままうとうとと居眠りを始めた。「そろそろらしいぞ」周りがざわざわし始め、目を覚ますとあたりは薄暗くなっていた。曲が流れ始めフォークダンスが始まった。私たちは誇らしいような嬉しいような気持ちで1ヶ月練習してきたダンスを踊り始めた。2曲目の曲の途中だったと思う。突然「バーン」という爆音とともに夜空に花が咲いた。「ワー」という歓声があがり、皆、ダンスをやめて空を見上げた。よほど近くから打ち上げているのだろう。火の粉がバラバラと降ってくる。フォークダンスを踊っている者はいない。花火の打ち上がる音と、どこからともなく湧き上がる「祖国万歳、祖国万歳」の大合唱にフォークダンスの曲はかき消されていた。花火と降りかかる火の粉の中で高揚する顔・顔・顔。突然手を強く引っ張られた。みんなで手をつないでただぐるぐると円陣を走った。「祖国万歳、祖国万歳」と叫びながら。

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寮の自分の部屋で

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万里の長城にて
*あくまで個人の体験、感想です(文責・編集:外国語学部PR委員会)

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